読切り小説 atami story 熱海物語

第五章2

俺は初めて思った。そして感じた『あのカセットテープ』の凄さを。
そしてW氏の才能と執念を・・・。
朝4時19分、あれだけあった沢山の相互に関連性を持たない断片的なメロディーが一つにまとまったデモテープが完成した。

急に俺とW氏は物凄い虚脱感と疲労感に襲われた。
この約12時間、俺達は何も喰わず何も飲まず、驚異の集中力で黙々と作業をこなした・・・。
思い出したかの様に俺達は、同時に煙草に火を灯け深呼吸するかの様に深く煙を吸い込んだ。何とも言えない旨さと、肺に染込むヤニによってクラクラとする意識に心地良さを感じている・・・そして完成した充実感にも。

茫然自失状態の二人の沈黙を破ったのはW氏だった。
「そう言えば、Oくんはこのテープは何処で手にいれたんかのぉ?」
「あれ?話してなかったでしたっけ?」
私はこのテープを手に入れた経緯を話し、同封されていた手紙を見せた。
「なんや、この資格があるとか、ないとか何やのこの手紙?いま流行りオカルトか?」
オカルト?そうオカルト!。でも10年前に起った事は事実。

・・・急に脳裏に去来する不安感。

俺に『あのテープ』を送った人は、誰なんだろうか?
その人に資格が無く、俺には資格がある・・・?
何の事か全く分からない。
まてよ?Eさんは手紙を持っていたよな?
でも俺はEさんが『あのカセットテープ』を持っていた事を確認していない・・・。
だって消えるように居なくなったのだから。
んっ!?待てよ。Eさんはあの手紙を俺に見せたって事は、あの時Eさんは俺に『あのカセットテープ』を譲り渡そうとしてたんじゃないのか?
渡す前に、消された?
って言う事は勝手に『あのカセットテープ』をアレンジしたりしちゃ、かなりまずいかも? もしかしたら、俺もW氏も消されるんじゃ・・・この後すぐに?

「どうしたんじゃ?顔色悪いぞ」
W氏の相変わらず大きな声に我に帰った・・・。
「まぁ、のぉ。資格が無いより、資格があった方がええちゃうの。悪い気はせんしのぉ」
まあ深く考えても仕方ない。もう作っちゃたんだし。

「この曲のタイトルは、もう決めてあるんじゃ」
またしても、唐突な発言と大きな声に驚いた。
そして、思った。 『この人は俺の悩みなど知る由もないんだろうな』
「えっ?タイトル。何にしたの?」
「ナイチンゲールにするわ?」
「なんでナイチンゲールなの?」
「何となく・・・」

『ナイチンゲール』って確か、チルチルミチル・・・そぉ「青い鳥」だ。
んっと、それ以外に連想するのは、悲劇の看護婦の名前。

「あとのぉ!この音源、Oくんの所がらリリースしたいんやけど」
「えっ!うちからCD出すの?本気?消されるよ!お互い。」
「消される?何やそれ。Oくん、またもオカルトか?」

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