読切り小説 atami story 熱海物語

第七章1

「お前!今テープ持ってるって言ったよな!、T!。本当か!」
酒に酔った時くらいしか、後輩であっても呼び捨てにしないOさんが僕を呼び捨てにした。
「今持ってるなら、そのカセットテープを見せろ!」
・・・カセットテープ?僕が持ってるのは8mmビデオテープ? 僕は、8mmビデオテープを左後ろのポケットから出して恐る恐るOさんに手渡した。
「このテープですけど・・・」
「えっ?このテープかい?カセットテープじゃ・・・ないのかい?」
そう言うと、Oさんはその場に座りこんで頭を抱えながら、押し出す様に言った。
「こんな物まで、存在していたのか!」

Oさんは、『atami』とタイトルされている8mmビデオテープが存在していた事を知り、明らかに動揺している。何故なら僕の手から8mmビデオテープ奪い取る手が震えていたから・・・。
その嫌な沈黙が続く空気を断ち切ったのはOさんだった。
「兎に角、このビデオ見てみようよ。」

僕は今日の夕方頃から缶詰め状態だった4Fの会議室にOさんを連れて戻ることになった。
・・・納得のいくまで2人でビデオを何回も見たが・・・このビデオの中に僕の周りに起こった不思議な出来事の解決の糸口はやっぱり見られない。
解決の糸口になると僕が踏んだOさんは僕の横でヘッドフォンをして目を瞑っている。
『やっぱり、ディレクターって職業は音ばっかり興味がある人種なんだ』
と妙に納得してしつつボーと何気なく画面を見ていると、さっきは気が付かなかったが砂の中に半分隠れているカセットテープの映像に僕の目は急に奪われた。
『んっ?さっきOさんはカセットテープって言ってたよな?ひょっとすると、この8mmビデオテープ以外にも何か存在するのだろうか?』
そう思ってOさんの方に目を移すと、相変わらずロダンの彫刻の様に固まっていた。

「ふぅー、やばいなぁ。まずいなぁ」
また沈黙を破ったのはOさんだった。
「どうしました?この映像の中に何かヒントがあるんですか?」
その質問の答えは、僕が期待したものとは大きく違っていた。
「なんだ・・・Tくんは、この『atami』を見ても聴いても何にも感じないんだ。やっぱり君 はこの話から手を引いた方がいいよ。この8mmビデオテープは俺が預かって置くわ。」
僕の思考の糸が、驚きと怒りを持って『ブチッ・・・』という音とともに切れた。

10年前、そうあれは確か・・・担任の先生との進路面談。
あの時と同じ・・・誰も僕の気持ちなんて分かってないクセに決めつける。
「君の夢?無理無理!この進学校は受けるなんて無理とちゃうの?」・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・「やっぱり君はこの話から手を引いた方がいいよ。」
『決めつけるなよ!僕は僕、誰にも僕の存在なんて気に留めてないんだ!』

「Tくんどうした、顔赤いよ。怒ってんの?」
そのOさんの優しいトーンの問いかけで我にかえった。
・・・またトラウマだ。今日は、なんて日なんだ!
無性にまた腹が立ってきた・・・でもさっきとは違うのは自分に対しての怒り。
『Oさんに言った通り、このビデオを見ても、聴いても何も感じない僕に欠陥があるのんだ。
でもこのまま引き下がれない・・・だって僕の周りで人が、『atami』に関わった人が消えてるんだ!!・・・そして僕も消えてしまうかも知れないんだ!』

「絶対に諦められないですよ!Oさん!!確かにこれを見ても聴いても何も感じないっすよ!
僕は!でも!僕の身近で知人が消えてるんですよ。気になります、教えて下さい!!『atami』って何ですか!!喫煙室でOさんが言ってたカセットテープもあるんでしょ!」
僕はさっきまで黙っていた、SさんとKさんが居なくなった経緯を畳み掛ける様に話した。

僕の会話を全て聞き終わった所で、Oさんは僕の怒りを浄化するかのように優しい口調で、まるでダダをこねる子供をあやすように僕に言い聞かせ始めた。
「確かにT君の身近の人たちが居なくなった様だけど、只単に偶然が重なっただけでSさんやKさんが居なくなった理由が、この『atami』って書かれた8mmビデオテープと直接関係ないかもしれないじゃないか?
T君、冷静に考えてごらん・・・君は、別段まだ不幸になってる訳じゃないだろ?」

「でもOさん!この8mmビデオテープを僕に手渡そうとしたBテレビのKさんは3年前、Bテレビ内の人事異動後に行方不明になっていたんです。」
「でも何故、改めてKさんは僕にこの8mmテープを渡すために姿を現したんでしょうか?」
「そして何故これを僕に?」
「明らかに僕に、この8mmビデオテープを渡しに来たんです!」
「明らかに僕に、『atami』について何かを伝えたかったんだと思うんです!」
僕は!僕は、Oさん!SさんやKさんを探したいんです。」

僕の熱意をOさんにぶつけた・・・しかし、また長い沈黙の時間が続く。
「ガガー」
今度はOさん座っているイスの引き摺り音が2人の沈黙を破った。
「Tくん、10年前に俺の師匠とも言うべき先輩が姿を消したんだ。ある便箋を残してね・・・。俺も方々手を尽くして探したんだけど・・・でも俺の先輩は死んだ。俺は今でも彼が死んだなんて信じたくいないけど・・・。だから俺はT君と違ってもう『atami』の件で不幸になってるんだよ。」
・・・『atami』の件で不幸に?便箋?・・・僕は直感した!
そして自然と僕の口から言葉が発せられた。
「ある便箋ってひょっとして、その内容は・・・a..ta…..m.iの事?」

・・・静かに、Oさんの頭が上下に2回傾くのを僕は確認した。

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