読切り小説 atami story 熱海物語

第七章2

僕は初めて知った・・・Oさんと僕は同じ境遇にいる事を。
僕のこの業界での育ての親のBテレビのKさん、Oさんの師匠とも言うべき先輩。
2人とも消えた・・・僕達の前から。

「T君、10年前に俺の師匠とも言うべき先輩が姿を消したんだ。ある便箋を残してね・・・。俺も方々手を尽くして探したんだけど・・・でも俺の先輩は死んだ。俺は今でも彼が死んだなんて信じたくいないけど・・・。」
寂しそうに遠くを見つめるOさんの目は、うっすらと潤んでいる様に見えた。
「Oさんの師匠の先輩は亡くなってしまったんですか?」
ちょっと不躾だと思ったが聞いてみた。
「う~ん・・・俺の前から姿を消した翌日、テレビを見ていたらね、臨時ニュースが流れてね・・・伊豆急下田行きの列車にね・・・。そう言えばT君、今日何日だっけ?」
「あの・・・えっと、3月15日です。」
その後、Oさんは遠い目をして僕にOさんとOさんの先輩の思い出話しを始めた。
・・・そして僕は10年分のOさんの歴史に詳しくなった。

突然Oさんが話を切り出した。
「こんな時に何なんだけど、T君!来週末に熱海の旅館予約してたよね。」
しまった!キャンセルし忘れた!やべぇ・・・。
「いいよ、いいよ、二人で熱海に行かない?」
えっなんで?『Bテレビの受付のお気に入りのSさんと、Mさんを誘って行く温泉旅行』
・・・それはSさんが失踪した事により中止になったんじゃ・・・。
僕は、理由を聞いてみた。

Oさんの先輩、そう・・・Eさんという人。
3日後の土曜日、18日はEさんの命日。
そして彼の実家は熱海・・・熱海駅の北側、小高い丘に立つ2階建ての白い外壁の洋館。
Eさんの亡骸は実家に程近い、熱海市街を見渡せる山に葬られている。

「まぁ、俺達に降り掛かる色んな事・・・最近墓参りに行かない俺に対してEさんが怒ってるって考えればお互い気が楽になるんじゃないかな?」
そう言ったOさんの顔にやっといつもの笑みが溢れた。
「よし!T君墓参りに託つけて、温泉浸かって、美味しいもん喰って、酒を飲みまくろう!」
「でも、男2人ってのは寂しくないですか?」
僕は、両手を開いて戯けながら言った。
・・・楽しい時間が戻って来た様に振舞うしか方法がなかったのかもしれない。

「T君、サウンドプロデューサーのWさんって知ってる?」
煙草に火を灯けながら、唐突にOさんは切り出した。
「もちろん!知ってますよ旦那!」
Wさん・・・以前『S』というバンドのギタリストとしてメジャーデビュー。今はサウンドプロデューサーとして活躍し多数の名曲を送り出している。
「あのさ、さっきT君が興奮して言ってたカセットテープの事なんでけど・・・」
・・・あっ聞き忘れてた!
「そのカセットテープの音源を使って・・・うちからCDを出すよ。「NIGHTINGALE」ってタイトル・・・Wさんのプロデュースで」
・・・僕はOさんが何を言ってるのか理解出来なかった。
カセットテープとW氏?CDをリリース?ナイチンゲール?

しかし、週末の熱海の小旅行でこの疑問が少しずつ解決していく事など今、知る由も無かった。

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