読切り小説 atami story 熱海物語

第八章4

へその緒のように結ばれグシャグシャになった黒い磁気テープ・・・それは僕が聴かなければならなかった『atamiのテープ』。しかし、このテープはもう聴けない。
改めて僕達は厚木ICから小田原厚木道路へ乗り、熱海へと進路を進めた。
・・・酔っぱらいと『atami』という謎を乗せて。

相変わらずOさんは助手席でリズミカルな寝息を立てている。その安定したリズムを聴いてるとこっちまで眠くなる・・・。
まだ先は長い!居眠り運転でもして死んじゃったら元も子も無い。
『くそ!Oさんだって運転免許持ってるんだから必ず帰りは運転して貰うぞ!』
と心に誓いながら僕は休憩する為、大磯PAに車を向かわせた。
休日の午後という事もあり駐車場は物凄く混んでいる・・・しかし愛車は混雑する駐車場の車の隙間を泳ぐように華麗に進み特等席であるトイレの前の囲いに滑り込んだ。
『ラッキー!』
僕はサイドブレーキを引き、Oさんの方を見ると相変わらずシートを深く倒し寝息を立てている。
『このまま冷房を切って車を閉めきったらOさんは干涸びちゃうな。』
僕は車のキーを差しぱなしにして愛車を離れた。

自動販売機でハーフサイズの無糖の冷たい缶コーヒーを買い、売店の前のベンチに腰掛けズボンのポケットからクシャクシャになった煙草を取り出し火を灯けた。煙りを大きく吸い込み、その旨さを味わいながら青く広がる空を見上げた・・・。

あのOさんの頬を伝った涙は?
やっぱり、僕が『atamiのテープ』壊しちゃったからだよな・・・。
そりゃそうだ、Oさんの先輩のEさんを思い出す切っ掛けになった大事なテープだもんな。
無くなっちゃって悲しいに決まってるよな・・・あぁ~あ。
これでOさんがEさんを思い出す事が出来るのは便箋だけだよな・・・。
んっ!あの便箋って手書きなのか?ワープロ打ちなのか?もし手書きだとしたら筆跡は?
僕の持っている『atamiの8mmテープ』に書いてあった手書きの文字と一緒かも?
もし一緒なら!多分『atamiのカセットテープ』に書かれた文字も一緒に違い無い!
も、もし一緒なら、手許にある全ての『atami』に関連するモノは同一人物が仕掛けている事になるんじゃないか!

居ても立っても居られず僕は勢い良く立ち上がった。
ベンチの隣に座っていた老人が老眼鏡をずらしながら訝し気に見ていたが、そんな事はお構い無しで焼肉屋の時と同様急いで愛車に戻った。
『Oさんは起きたかな?』
運転席のドアを開けてOさんを覗き込むと相変わらず寝息を立てて健やかに眠り続けている。
「あ~、便箋を見たい!」
と小さく呟き、僕は視線をOさんの旅行鞄が置いてある後部座席に移した。
・・・後部座席にあるOさんの鞄が開いていた。
無意識に、いや意識的に僕の左手はOさんの鞄の中を探し始めていた。
・・・今!僕の心の中のハイド博士はジキルに冒されつつある。
『僕のやっていることは、まさに泥棒の何ものでもない・・・。』
ハイド博士は最期の言葉を僕の口を使って吐かせ、そして・・・消えていった。

まず僕の指に触れた堅いもの・・・。
「うんっ?何だ、四角くくて薄いぞ・・・あっ!」
・・・そう言えば、Oさんは『atami』のテープをCD-Rに焼いているとか言っていたな。もしかすると今『atamiのカセットテープ』の音が聴ける!
『諦めていた『atami』の音がここにある。どうしても聴きたい!でも便箋の筆跡も確認したい!』心の中で叫ぶ僕の頭の中は究極の葛藤で混乱している。
僕は、いつ目覚めるか分からないOさんの寝息を気にしながら左手で後部座席の鞄の中を一心腐乱で、弄りだした。
「くそっ!4ドアにしとけば良かった。」
二の腕がつりそうになった僕の腕は、その四角くくて薄い物体を取り出すのを諦めかけている。
その時!
「ララッラララ~ララ・・・」
Oさんは急に何か歌のフレーズを口ずさみ出した・・・まるで寝言のように。
「見つかった!」
人の鞄を勝手に弄る泥棒の僕は背中に冷や水を一気に掛けられたごとくフリーズしてしまった。
そう、僕は魚じゃないが『まな板の鯛』ってこういう事を言うのか!なぜか冷静で開き直った気分だ・・・。
10秒くらいの沈黙の後、Oさんの歌声は寝息に変わった。そして僕の心の中のハイド博士が戻ってきた。
「そう、先を急ごう。・・・あと少しで熱海だ。」
カーナビが車線変更の合図を伝え、僕達は真鶴道路へと道のりを進めた。

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