読切り小説 atami story 熱海物語

序章2

僕は、レコード会社に入って4年が過ぎた。

後輩も数人出来き、宣伝マンとして人から一人前として見られる事が多くなった。同時に、ある口癖をよく発する様になってしまった・・・。
「僕が新入社員の頃はなあ・・・!」
「T君!BテレビのKさんから4番に外線!」
僕の2つ向こうの課のデスクの女の子が大きな声で教えてくれた。

BテレビのKさんは、人気音楽番組のディレクターだった人で、テレビ業界には珍しく物腰が柔らかく人あたりが良く人気があった。
僕も新人プロモーターの時、Kさんには大変お世話になった。

Kさんは自分の得にもならないのに、自分の会社の人間でもない新人の僕なんかに宣伝のイロハや、Bテレビの重要な人を沢山紹介してくれたおかげでBテレビでの仕事は格段にやりやすくなったのを鮮明に記憶している。
多分、腑甲斐無い僕を哀れんでくれたのだろう。
本当に感謝していた。

「あのKさんから電話だ。」
僕は嬉しさと懐かしさ、そしてバツの悪さが共有する不思議な気持ちになった。

Kさんは仕事は出来るし人望もある為、Bテレビでは目立つ存在だった。それが故に妬む人も多かったが本人は全く気にしていなかった。
「実力を磨けば、なんとかなるもんだよ」
それがKさんの口癖だった。

しかし現実はシビアで、Kさんは子会社の地方局に異動になった。所謂左遷というやつだやはり社会は「実力」より「人間関係の円滑」の方が尊ぶ様だ。

地方局に出発する日、僕は羽田まで見送りに行った。そして見送る時、年甲斐もなく自然と涙が溢れてきた・・・
「地方に行っても一緒に仕事して下さい!」
無意識に言葉が出ていた・・・。

しかし、それ以来Kさんとは話しをしていない。
折角、引越先を知らせる手紙を頂いたのに・・・。

「T君!BテレビのKさんから4番に外線!、聞こえてるの?」
さっきよりも大きな声に我に返り、反射的に受話器をとった。

「御無沙汰しております・・・Tです。お変わりありま・・」
「2、3日中、いや明日・・・いや今日会いたいんだけど!」
Kさんは焦った様子で、僕の決まり文句の挨拶を遮ぎった。
「今日だったら、夕方4時以降なら大丈夫です。」
と僕は咄嗟に答えた。
Kさんは、さっきとは異なり少し間を置いてから落ちついた様な声でこう言った。
「じゃあ、Bテレビの2スタのサブに4時半に、悪いけど来て貰える?」

「Kさん、東京に戻ってきたんだ・・・。」
僕は、4時半に行く旨をKさんに伝えて電話を切った後、心の中で呟いた。

僕が会社を出たのは、3時45分。
Bテレビは会社から地下鉄で3駅、約15分で行ける。
Kさんとの打ち合わせが4時半からなので、ちょっと余裕がある。
・・・Bテレビには僕は最低でも週に3回は行くようにしている。
もちろん宣伝活動の為だが・・・
本当は最近Bテレビの受付に配属されたSさんを見たいからである。

駅を降りて真直ぐBテレビの入り口へ足早に向い、いつもの様に受付でSさんに入館証を見せながら会釈をしてエレベーターホールの前に辿り着いた。
4階の2スタは建物の一番奥にある。タレントクロークを抜けて大きなテレビがある所の裏が入り口だ。そこを入り右手にある急な階段を登ると2スタのサブがある。

・・・サブとは生放送・収録に関わらず、番組を作る上での中枢部である。プロデューサーさん、ディレクターさんに音声さんや照明さん、タイムキーパーさんなど沢山の人がおりいつも活気に溢れている。よくテレビで出演者が「上が・・・」と言っている場所の事である。

しかし階段を上がるとそこには、知り合いのアシスタント・ディレクターしか居なく機器の電気も消えていた。

「あれ、今日収録してないの?」

「今日は、収録は7時からだよ。俺はいつもの様に雑用で早めにスタジオ入りしただけだよ。Tくんは何でここにいるの?」

「いや、久しぶりにKさんから連絡があって、ここに呼び出されたんだ。Kさん東京に帰ってきたんだね。」
と弾んだ僕の会話を遮る様に、彼は衝撃的な事実を僕に伝えた。

「Kさんに・・・? 何いってんの。Kさん3年前に失踪しちゃったじゃない、悪い冗談やめてよ!いつからそんなに話作るの上手くなったの?」

色々な人に聞いてみた・・・知り合いのBテレビの音楽班の人・・・
バラエティー班のデスクの女の子にも・・・営業の人にも・・・

でも皆に笑われてしまった・・・。
知り合いのアシスタント・ディレクターを疑った訳では無いが、信じられなかった。だって僕はさっき電話でKさんと話しをして、約束をしてここに来たんだ。
この不可思議な状況に困惑した僕は、今どうすべきか分からないまま呆然と立ち尽くしている。
「取り合えず会社に帰ろう・・・。」
これ以上Bテレビにいても頭が混乱するだけで、気がおかしくなりそうだ。

「すいません!Tさんですか?」
不意に呼び止められて、我にかえった。
振り返ると、受付のお気に入りのSさんが僕の前に立っている。
「あの、Kさんと言う方がこの封筒を・・・えっと、Tさんに渡してほしいとと頼まれたのですが・・・」
・・・なんでSさんは僕がTだと分かったのだろう。
そしてKさんからの封筒・・・そう、失踪した人からの封筒。
「もう何が何だか分からない。もうどうでもいいや・・・。」
小さな声で吐き捨てる様に呟き、Sさんから封筒を奪う様に受け取った後、Bテレビを走って後にした。
駅のホームのベンチに座り2~3本、地下鉄を見送ったくらいからやっと意識が落ち着いてきた。
「Sさんに嫌われちゃったかな?」

そんな自分の余裕の独り言に、思わず笑みが零れた。手に持っていた封筒の中身にもやっと興味が湧いて来た。

B4サイズの大きな封筒を空けると手書きで『atami』と書かれてあ8mmビデオだけだった。

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