読切り小説 atami story 熱海物語

第四章4

暗闇にビデオデッキの時計が光々と『1:10』と部屋を照らしてる。
そして僕はまだ薬指を舐め続けている・・・。
『切った事に気付くと急に痛くなるもんだな』。
そんな事を考えるくらいしかないくらい、無意味な時間が過ぎていく。
あと、考える事と言えばOさんの事・・・
『ひょっとして『atami』のことをOさんにダイレクトに聞いてしまうと怒られるどころか
Oさんに逆上されて、僕が消されたりして・・・』
またもや、下らない想像を勝手に膨らますだけであった。

いつの間にかビデオテープが、テープエンドまで再生された。
「ガタン、キュルルル・・・」
ビデオデッキが自動的にテープを巻き上げ出した。
この部屋の沈黙が破られたお陰で
僕の脳はやっと通常の思考回路に移行した。
『あーぁ!家帰りてぇ~』
やっと、いつもの僕が戻ってきた様だ。
「そろそろOさんの戻り時間か・・・あの人忙しそうだし、さっき僕がOさんの机に残して貰ったメモを見てないかもかもしれない。まぁ、ここに居ても別 段何かある訳じゃないし、Oさんの席に行こう。」
と呟き、無意味な時間を過ごしたこの会議室を後にして4Fのエレベーターホールに向った。
そして、三角の矢印が上を向いているボタンを押してエレベーターが来るのを待った。

「ピンポーン」
ゆっくりとエレベーターの扉が、脳天気な音を伴って開いた。
俯きながら乗り込んだ瞬間!
「バン」
という音、そして衝撃が僕の体を震わせた。
『ついに僕が消されるの??』
瞬間的には正常な思考できなかった。
・・・でも0.5秒後には正常の思考回路が復活した。
『ただ単に・・・(誰だか分らないが)男の手が僕の肩を前から大きく叩いただけみたい。』

「上手くいった?Sさん誘えた?それとも・・・ダメだった!?」
明らかに陽気で、かん高いトーンを含んだ大きな声が僕の耳に飛び込んできた。
スタジオが終わって帰社したOさんが乗ったエレベーターに、僕は偶然乗り合わせていた様だ。
僕ははっきり言ってむかついた。
その、かん高いトーンの声とSさんの事に触れられた事で・・・。
『Sさんは失踪したんだぞ!たぶん『atami』のせいで!』
心の中で憤りの感情が沸き上がってきた!
だから僕はOさんを無視した。

・・・僕が、顔も上げず一言も発しなかったからだろう。
「やっぱり駄目だったか・・・少年よ気を落とすなよ」
Oさんは、さっきと打って変わって僕を励ます様なやさしいトーンに変わっていた。
(多分、Oさんの目には、僕が温泉旅行計画をSさんに断わられて元気がないように映っているようだ。)
僕達は7Fで降りて自分の机に向かった。案の状、会社には誰もいなかった。
「あれ?どうしたの!」
Oさんが綺麗になった僕の机に気付き大きな声で質問した。
「いや、ちょっと探しものをしてて、気がついたら綺麗にな・・・。」
「探しものって、盗み撮りしたSさんのビデオとかじゃないの?」
Oさんは、僕が話しを遮って言った・・・。

Oさんは僕にとって不用意な発言を、また・・・不用意な発言を・・・した
『Sさん!』
『ビデオ!』

これ以上、僕一人の心の中に留めとく必要はない!
『今だ!Oさんに『atami』の真相を聞き出そう。』
僕は勇気を出して切り出した。
「Oさん、『atami』の件について多くを知ってますよね。僕に何か隠してるでしょう?」

まるで夏の日の午後の夕立ちの空の様に、Oさんの表情が急激に曇っていくのが分かった。

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