読切り小説 atami story 熱海物語

第四章3

会社に急いで戻っている最中、僕は色々と考えた。
日々の仕事に忙殺されていたが、今はそんな事は言ってられない。
・・・Kさんの事、Sさんの事、そう僕の周りに起こった不思議な出来事。
「一度、頭の中で整理してみよう」
そう呟くと地下鉄のベンチに腰掛けて考え出した。

Kさんは僕を呼び出して、僕に『あの8mmビデオ』の入った封筒を渡した。
・・・Kさんは『何』を僕に伝えたかったのだろうか。
Sさんは『あの8mmビデオ』を一時的にKさんから預かった。
・・・何で失踪したのだろうか・・・。
まてよ、『あの8mmビデオ』に関連した人が姿を消しているじゃないか!
僕もヤバイんじゃないか?こんなに冷静にしてていいものか!
・・・『atami』って何だ?

Kさんから渡された8mmビデオ。
深夜に会社のプリンタから排出された変な企画書。
他に手がかりは・・・あっ!そうだ。Oさんだ!
Oさんは、僕が温泉を探す時にキーボードがローマ字入力になっていて画面 に『atami』と入力された時、異様に動揺してた・・・何か知っているに違い無い。
取りあえず会社に帰ろう。
そして、先ず手掛かりを全て検証する事から始めよう。
・・・ビデオと変な企画書を探さなければ!
僕は地下鉄の改札を抜け、全速力で人込みを掻き分けながら走り続けた。

急いでる時に限って会社のエレベーターが来ないものだ。
『早く探さなきゃ!』
イライラしながら、僕は犬の様にエレベーターホールを足早に回っている。
ふと気が付いたらエレベーターホールには徐々に人が集まってきた。
これだけの人が待っている事は・・・
案の定、各階止まりになってしまった。
『ぶつけようの無い怒り』を抱きながら、やっと宣伝部がある7Fの自分の机に辿り着いた。
「さぁ、これから一大事だ!」
皆さんもご承知のように熱帯雨林気候の密林ジャングル机から、あの8mmビデオを探さなければならない。いらない書類や雑誌を捨て、CDを机の引き出しの一番下に入れたりと、端から見 ると計画性を持って片付けている様に見えるが、実はさっきのエレベーターのイライラを引きず っており、何かの拍子で『ぶつけようの無い怒り』が爆発する寸前であった。
その時、机の左側に集めて重ねていたロッククライマー好みの急激な崖を持つ書類の山が、大きな音を伴って崩れた。
「ガタガタガタッーーー」
「ダボー!なんでないねん!!あーむかつく!ビデオ、どこいってん!」
フロアに響き渡る、僕の大声は書類の崩れる音を掻き消した。
とうとう爆発してしまった・・・。後で同僚に聞いたのだか、その時の僕は非常に近寄り難く何かにとりつかれた様だったそうだ。

「やっとビデオ見つかった。何だか机も綺麗になっちゃった。」
・・・でも変な企画書は結局、見つける事は出来なかった。
片付け出して早1時間。変な企画書を見つけられない挫折感と疲労でさっきのパワーはどこにやら電池の切れかかった猿の人形のごとく気力も体力もトーンダウンしている。
「じゃあ、早速見るとするか・・・」
声にならない言葉を吐いて、僕は左手に8mmビデオを持ち、再生できるデッキを社内中捜しまわった。このデジタルビデオ全盛の時代に8mmビデオデッキを探すのは容易では無い。
僕は、疲労困憊ながら7階から1階ずつ階段を降りながら各階を順々に探し、やっと4階の会議室で8mmビデオデッキを見つけた。
「そういえば咽が乾いたな」
会議室の横に光々と輝くジュースの自動販売機に、まるで蛾になったかの様に引き寄せられて いった。そして、僕はおもむろに右後ろのジーパンのポケットに入っている財布を取り出し小銭を取りだそうとした瞬間、財布の中の全ての小銭を床にバラ蒔いてしまった。
「あっ。落としちゃったな」
さっきなら、イライラして自動販売機を蹴っとばしていただろう。
疲労が全ての感情に勝っていた・・・今は完全に無気力。
そして、冷たいコーヒーを買おうとしたのだが、出てきたのはホットコーヒー。
何もかも上手くいかない・・・そんな考えが僕の脳を支配していた。
そして電気を灯ける事なく目的の会議室に、ふらふらと入っていった。

条件反射的に、また無感情のまま、テレビをつけ、ビデオテープをセットした。
ビデオデッキはテープを飲み込むと敢えて僕に考える間を与えたくないかの様に勝手に再生を 開始した。
『本当に何の感情も湧かなかった、そう、僕は一通り見てみた』
心で呟いた・・・。
さっきまで『何かやばい事に頭突っ込んでんとちゃうんかな?』
と焦っていた僕とは別人の僕がいた。 このビデオの内容は何だったのだろうか。
『本当に何の感情も湧かなかった。そう、僕は一通り見てみた』
再び心の中で繰り返した。
敢えて、ズバリ一言で表現するなら「ツマンナイ・・・」
再度巻き戻しを行い、もう一度見た。
沸き上がる感想は・・・同じ。
一つだけ付け加えると『綺麗で、気味が悪い』という事ぐらいだ。

8mmビデオは見つけた・・・そして見た。
変な企画書は・・・無かった。
手掛かりは全て終了。
いや?まだあった!思い出した。
限り無く『atami』の事を知っていると思われる人・・・ディレクターのOさんだ。
「痛てっ!」
さっき机を片付けている時、書類で薬指を切ったらしい。
ソファーの横にある電話から、薬指の血を拭う様を舐めながらOさんの内線番号をコールした。
「はい。Oさんの内線です。」
Oさんのデスクの女性が電話をとった。
・・・不在だった。25:00に戻るそうだ。あと1時間、待ってみるか。
『戻ったら内線4011に電話下さい』というメモを残して貰った。
・・・する事がない。
僕は今、ソファーで寝転びながら天井を眺めてるしか無かった。
仕方なく僕は、Oさんの帰りを待つ間何度もあのビデオを繰り返し再生した・・・。
10回、15回・・・20回と。
でも『本当に何の感情も湧かなかった。』

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