読切り小説 atami story 熱海物語

第四章5

「Oさん、『atami』の件について多くを知ってますよね。僕に何か隠してるでしょう?」

さっきの明るい表情と打って変わってOさんの顔は明らかに暗く変化している。
「ちょっと、上のミーティングルームにでも行こうか?時間は大丈夫?」
「あ!あ、あ、ハイ。平気です、平気です」
Oさんの問いかけに僕は、何度も頷きながら言った。

・・・『atami』に関係してしまったと思われる人が何故消えたのか?
そもそも『atami』とは何なのか?
・・・どうして僕は、Oさんは・・・いや、なぜ僕は消えないのか?
これから消えるのか?

聞きたい事がいっぱいある。でもOさんは『atami』の事を本当に知っているのか?
もし、知らないのなら僕が『atami』の事を話した事によってOさんまでも消えちゃうのかもしれない?
いや、知っている!Oさんは。絶対知ってる、知ってるに違い無い!

・・・もう抑える事の出来ない、この僕の恐怖感を誰かに少しでも分けたい!

最上階のミーティングルームは昼間は喫煙者がたむろして賑わっているが、さすがにこの時間にもなると人の気配もなく、内緒ごとや密談をするには絶好の場所に変化する。
備え付けの自販機で温かいコーヒーを購入し僕は椅子に座った。
そして、夜に映える東京タワーの明かりを窓の外に探しながらこう思った。
『そう言えば何でこんなに咽が渇くのだろう?今日、何本缶ジュースを飲んでるのだろう。』

小学校の修学旅行で始めて東京に来た。東京に親戚は居なかったので東京に来るのは初めてだ った・・・というか、こんなに遠くに来た事は無かった。
・・・僕は、東京の旅館でヤカンにに入ったお茶を1人で飲み干した。
「すごいやろ!全部飲んだった。まだ飲めるよ!余裕余裕」
子供だった僕は、まわりにいた友人に自慢げに見せびらかしていた。
『そう、今でも覚えている』
べっ甲の吊り上げ眼鏡をした女の担任の先生が僕を叱る為に走ってきて僕に言い残した事を。
「人間は緊張して、不安になったり、恐いと思ったりしてドキドキしたら咽が乾くんや。Tよ!お前、家族と離れて今日旅館に泊まるのがそんなに恐いんか?この!根性なし!」
先生のこの一言で回りの友人は僕を笑い、当然バカにした。
・・・確かに、僕は反論できなかった。
だって「恐かった、不安だったんだ」

『あれ?東京タワーねえな?あっそうだ!もう夜中の2時前だ。とっくに明かり消えてりゃ」
そんな事を一瞬考えながら、座ってOさんを待っていると手に栄養ドリンクを持ってOさんは戻 って来た。そして席に着くやいなや
「Tくんは、『atami』のこと何処まで知ってるの?」
やばい先越された!僕が先に質問したかったのに!
いや?待てよ今、Oさんはこう言ったよな?『『atami』のこと何処まで知ってるの?』
・・・Oさんはやっぱり『atami』の事知ってるんだ!
僕の他にも『atami』の事を知ってて、消えてない人がいる!

僕は答えた、深夜会社のプリンタで見てしまった変な企画書の事を・・・。  
『僕が知っている人達が失踪している事』  
『Kさんから貰った『atami』と手書きで書いてある8mmテープの事』
・・・何故だか答えられなかった。
多分、無意識に『変な事を言って笑われるのは嫌だ』というトラウマが体を一瞬にして支配したようだ。でもOさんの次の言葉でその支配は解かれた・・・

「う~ん、それ位か。それくらいなら大丈夫だな。これ以上首を突っ込まない方がいいよ。消えなくて良かったねTくん。それよりさぁ、飲みに行こうよ!隣の居酒屋に!」
と急にまた、明るい表情に戻ったOさんは席を離れようとした。

『消える?消える?消える!?、えっ』

「Oさん!消えるって意味、何ですか?教えて下さい!」
僕はもの凄い大声でOさんに迫った。Oさんは少したじろいで後ろに一歩下がったが、そんな事は気に留めず続けて僕は言った。

「なんで!『atami』のテープ持った人は全部消えちゃうんッスか?」
「なんで、SさんもKさんも!」
「僕は持っているんですよ!テープを!」
「いずれ、僕も消されちゃうんッスか?」
「Oさん何か知ってるんでしょ?隠さないで教えて下さい!お願いです!」

「お前!今テープ持ってるって言ったよな!、T!。本当か!」

酒に酔った時くらいしか、後輩であっても呼び捨てにしないOさんが僕を呼び捨てにした。
さっき僕が大声でOさんに迫ったのとは迫力が違う、僕は後ろに倒れそうになった。

「本当に持ってるのか?カセットテープを!」
「何処でそれを手に入れたんだ?」
「誰かから送られてきたのか!」
Oさんは人が消えている事より、テープの事が大事なのか?

「今持ってるなら、そのカセットテープを見せろ!」
・・・カセットテープ?僕が持ってるのは8mmビデオテープ?
僕は、8mmビデオテープを左後ろのポケットから出して恐る恐るOさんに手渡した。
「このテープですけど・・・」
「えっ?このテープかい?カセットテープじゃ・・・ないのかい?」
そう言うと、Oさんはその場に座りこんで頭を抱えながら、押し出す様に言った。
「こんな物まで、存在していたのか!」

この後、僕とOさんの人生は大幅に狂っていく事になる。

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