読切り小説 atami story 熱海物語

第二章

突然のお手紙ですみません。私は都内に住む会社員です。
私はこのテープを持っていてはいけない人間です。私には資格がないのです。
このカセットを私は以前から、どうしても資格がある方にお渡ししたかったのですがどうすればいいのか分からず3年以上の月日が経ってしまいましたが、やっとOさんが見つかりました。宜しくお願いします。
突然のお手紙ですみません。私は都内に住む会社員です。
私はこのテープを持っていてはいけない人間です。私には資格がないのです。
このカセットを私は以前から、どうしても資格がある方にお渡ししたかったのですがどうすればいいのか分からず3年以上の月日が経ってしまいましたが、やっとOさんが見つかりました。宜しくお願いします。
これで私の3年以上の苦痛は開放されました。
ところで、Oさんは熱海に行った事はありますか?
これで私の3年以上の苦痛は開放されました。
ところで、Oさんは熱海に行った事はありますか?

正直言って、俺はたじろいだ。奇怪な文章の内容にではない。
俺はこの便箋を見たことがある。俺の名前以外が、一字一句全く同じ便箋を・・・
「初詣に行ってれば良かった。」
今度は押し殺した声で、独り言を呟いた。

今から10年前、俺がアシスタント・ディレクターの頃に厳しく教えを頂いた先輩のディレクターにEさんという人がいた。 俺よりも7つ年上のベテラン、そして業界では有名な敏腕ディレクターで、Eさんのアシスタント・ディレクターになるのは非常に名誉な事であった。

しかし、Eさんは業界では有名な鉄腕ディレクターでもあった。
話しかけても話してくれない、黙っていると殴られる・・・。
おどおどしていると灰皿が飛ぶ、堂々としていると蹴られる・・・。
大体、Eさんのアシスタント・ディレクターは長くて3ヶ月、短い人では1日も持たない。

しかし俺は、なんと今日でEさんのアシスタント・ディレクター歴 4ヶ月目に突入した。さっき、別 の先輩のディレクターのアシスタント・ディレクターと麦茶で密かに乾杯した。
その記念するべき日を迎えて僕なりに気持ちを引き締めて
“いつもの様に緊張しながら”神宮前のスタジオに向かった。

しかし、俺自身が勝手に決めた、記念日は思わぬ方向に進んだ・・・。
その日に限ってEさんは、俺を含めスタジオにいる人が驚く程上機嫌で笑顔を見せたり 冗談を言ったりしていた。
もっと驚く事に、Eさんはレコーディングが終わった後、俺を飲みに誘ったの である。

原宿にある、先輩の行きつけの飲み屋は狭い路地の奥にありお正辞にも奇麗とはいえない店構えであった。

店の中はというと10人も入れば満員になる様な広さで、沢山の色褪せたレ コードが貼ってあったり、スタンダードのR&Bの音が流れているという所謂「通 好み」の店だ。

Eさんは、店長(マスターと言ったほうがしっくりくる)らしき人に軽く手を挙げて挨拶した後、慣れた足取りで一番奥左の小さな窓がある席に向かった。
俺が、入り口で突っ立っているとEさんが笑顔で
「O、早くこっちこい!今日は飲むぞ。」
と大きな声で叫んだ。そして直ぐ様Eさんはもっと大きな声で
「マスター!生ビールを2つ!」
(やっぱり・・・マスターだ。)

俺の短い人生経験の中で、確証がある経験が1つだけある。

今まで怒ってくれたり、恐かったりする先輩が急にやさしく接する時・・・
それは、俺を見限った時である。
こんな時は決まって
「O君、君はこの仕事向いてないと思うよ。違う仕事を探した方が君の為だよ・・・」

・・・またか、今回は上手く行くと思ったのにな。

俺のそんな気持ちを他所にEさんは、70年代ロックの話しを熱く延々と話している。
一生懸命作り笑いをし、話を合わせていたが心の中では
「いつになったら本題になるのかな?」
という思いだけが先行して
Eさんの話しは正直、全くと言っていい程頭の中には入っていなかった。
余談だが、黒い赤いバラが印刷されているバーボンのボトルは3本目が空になりそうだ。

Eさんは急に鞄から小さく折った汚い茶色の封筒から便箋を取り出し
「O、これ読んどけ!」
と言って席を立ち、フラフラと千鳥足でトイレの方に向かった。

俺は心配しながら、Eさんの行く方向を目で追った。
トイレに入るのを確認した後、Eさんから視線を外し、その便箋を読み出した。
すぐに読み終えた俺は、Eさんの帰りを暫く待っていた・・・
だけどEさんは、永遠に帰ってくる事はなかった。 この便箋を見て俺は、久しぶりにEさんを思い出した。 そして、自然と瞼を閉じると10年前の出来事が鮮明に蘇った。

原宿にあるEさんの行きつけの店で、Eさんの姿を見失った。 Eさんはもの凄く酔っていたので、道で酔いつぶれて倒れているのではないかと思い僕とマスターは店の回りを、手分けして30分程探した。
しかし姿を見つける事は出来なかった。
「荷物もあるし、まあ帰ってくるだろう。前も何も言わずに店を出て翌日、申し訳なさそうな顔をして店に取りに来た事あるしな」

「Eさんでも、申し訳なさそうな顔をするんだ」
と感慨深く思い、窓の外を見るといつの間にか夜が空けていた。

今日は夜から仕事。久しぶりに家でゆっくりできる。
「あの後Eさんは、あの店に荷物を取りに行ったのかな?」
「やっぱり今日も申し訳なさそうな顔をするのかな?」
なんて軽く思いながら遅め目の朝食&昼食のカップラーメンを啜りながらドラマの再放送を見ていた。すると急に、電気音の鈴の音とともに画面 の上の方に「臨時ニュース」の文字が点滅しているのに気がついた。

本日3時50分頃、東海道線、大船~平塚間で伊豆急下田行きの特急踊子号で人身事故が発生し現在、復旧の見通 しは立っていません。

ふと時計を見ると4時19分、今から約30分前。 特に気にする事もなく、チャンネルを変えた。

死体はおよそ人間の形を想像させない程になっており傍らに落ちていた財布の中の免許証で身元を確認したそうだ。血液型も一致したらしい。
Eさんは自殺した。Eさんに最後に見たのは俺とマスター・・・。
そして最後に会話をしたのは俺だ。
当然、警察には僕が呼ばれ当日のEさんの模様を話した。
翌日の朝刊では
『仕事のストレスから突発的に電車に飛び込んだ』
との事だったが俺には信じられなかった。

「普段と変わった所はなかったか」
警察は聞いたので
「確かにいつもとは違っていた」
僕は答えた。
「・・・ただ、Eさんは本当に楽しそうでした。」
俺はそう付け加え、昨日から心の中で何回も叫んでた言葉を始めて声に出して言った。
「Eさんは自殺なんかしない、死んでなんかいない!だってEさんの死体だか確認できてないじゃないか!」

鮮明に蘇る記憶を瞼の裏に映し終えた。
ゆっくりと目を空けると俺の机の横にあるラジカセが目に入り同時に、便箋を開ける前ラジカセにカセットを入れた事を思い出した。
Eさんは、今日俺に届いた
『俺の名前以外が、一字一句全く同じ便箋』
を持っていたという事はもしかしたら、
このカセットを聴いているかもしれない。
そう思うと何故か、さっきまで感じていた訝しい気持ちは消え去り、何か懐かしいものがこみ上げてくるな暖かい気持ちに変わった。
「Eさんもこの音、聴いたのかな」

俺の指は吸い寄せられる様に、ラジカセの再生ボタンを押していた。

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