読切り小説 atami story 熱海物語

第四章2

「なんでキーワードを間違えて入れたぐらいでそんな顔をするのかな。キーボードがローマ字入力になっていて『atami』と入力されただけなのに・・・」
この心の中の呟きは、0.5秒後に覆された。
この『atami』という小文字のローマ字の書体を知っている。
8mmビデオ、そしてプリンタから排出された身元不明の企画書・・・。
そう!僕は知っている・・・そして思い出したくもない、あの厭な1日。

暫く、僕とOさんの間に静かな時間が流れた。
まるで、Oさんは何かに強迫されたかのように怪訝そうな顔をして
「Tくん、何でこんなキーワード入れるの。何か俺を騙してないか」
と力強く問いただしてきた。 僕は、確信した。この人は関係がある・・・『atami』と。
『atami』の事を聞いてみようか?でも全く関係ないのなら変な奴だと思われる・・・。

「あれ?何か僕、Oさんの気に触ることしちゃいましたか?すんまそ~ん!!」
僕は、心の葛藤とは裏腹にわざと笑顔で、明るい声を出して答えた。
生理的に『今、この問題を追求すすべきではない』という情報が勝手に脳に送られた模様だ。
僕の『すんまそ~ん!!』の一言で、この険悪なムードが一転した。
「何っ、何んだ、入力ミスかよ~Tくん!ビックリさせないでよ!!」
とOさんの声は、不自然なトーンを含んでおり僕にも、明らかにOさんが動揺している事が容易に汲み取れた。
普段見られないOさんの動揺ぶりを見て僕は敢えて次の台詞を心の中に閉まった。
・・・『atami』ってなんですか?

先程までの雰囲気を無理矢理払拭するがごとく異様なぐらいのハイテンションで僕達は会話を進めた。何ごとも無かった様に僕は、キーボードのdeleteボタンを押し改めて『あたみ』をか な入力をし漢字に変換した。
2人は無意味なハイテンションを保ちながら僕達は、程なくして気に入った温泉宿を見つけた。
そして気が早いのを承知でインターネットで『4人』『一泊二日』と入力した。
予約してしまった!来週の金曜日の日付で。
しかし、ここで新たな問題提議がなされた。
『2人のうちどちらが彼女らを誘うかである。』
「Oさん、あの・・・彼女たちに何って誘えばいいのかな?僕、苦手っすよ・・・Oさんの巧みな話術でこうバシッと決めてもら・え・ると・・・」
しかし、その瞬間にOさんは
「君はこの業界何年生かな?」
と嫌な質問が返ってきた。
まさにこういう時だけの体育会系のノリ!!
「あっ、4年生になります。そうですよね!こんなことは、やっぱし先輩の手を煩わせられないですよね。僕がバッチリ決めてきます。」
と言う具合に、Oさんの術中に見事にはまり
僕が見事、『愛のメッセンジャー』になることが決定した。

『三寒四温』、今日は『温』の方だ。冬の終わり、そして春の始まり・・・。
兎に角、眠い。僕はBテレビまでのたった15分の乗車時間での爆睡をしてしまい危うく乗り越しそうになった。長い階段を上がり、Bテレビの正面 玄関に着いた。
そして、いつものようにポケットから入館証を取り出して入口をくぐった。
・・・いや正直言うと、いつもの様にではない・・・Oさんとの約束のせいで。
『やばい・・・受付方向に顔が上げれない。ヤバイな~』
『いっその事、顔を上げたらSさんが受付にいない方がラッキーだ』
と本末転倒なことを心に浮かべ意を決し、受付に胸を張って向かった。

いつも受付には2名常時いるハズなのにそこにはOさんのお気に入りのMさんのみが微笑みながら佇んでいた。
僕は「お早うございます!編成局に行きたいのですが」
入館証を見せながら、いつもよりハイトーンで話し掛けた。
その不自然な声に、入り口のガードマンがちらっと僕を見た様な気がした。
そして間発入れずに僕は本題を切り出した。
「あ、あの~Sさん今日はお休みですか??」
Mさんは営業スマイルを絶やさないまま、予期せぬ答えを僕に投げかけた。
「Sはすでに退社致しました。」
季節の変わり目は、よく風邪を引くものだ。
「まだ、昼過ぎなのにもう帰っちゃたんですか?風邪ですかね?」
「いえ・・・我社を先日辞めました。」

季節は春を迎えようとしているのに僕の春は遠く、『三寒』どころでなく永遠に『温』が来ない様な気がしてきた。すっかり気が抜けた僕は当然!仕事に影響し本日のBテレビでの宣伝成果 は ・・・なかった。
色々な意味で、肩を落としてBテレビを後にしようと振り返った時
「ひよっとしてTさんですか??」
という女性の声が背後から聞こえた。
「もしやSさんでは?」
と甘い期待を抱き振り返るとそこには、先程僕に営業スマイルをくれた人とは別 人の様な暗い目をしたMさんが立っていた。
僕は、自分がTであることを名乗るとMさんは堰を切った様にSさんに関することを話しだした。

・・・Sさんは、Kさんからの封筒を僕に渡した翌日から出社しなくなった。
・・・Sさんの家族は捜索願を警察に出したそうだ。

『またか!僕にとってBテレビはやはり鬼門なのか!あの封筒を渡した時から・・・』
あの厭な1日が蘇る。
「『atami』か?Kさんに続いてSさんもでも・・・僕は何か不味い事に巻き込まれてるのか!」
・・・そう!絶対に何かある、何んなんだ『atami』って。
『こうなったら、僕自身でが確かめてやる!』
こう心の中で呟いた後、数少ない手がかりである8mmビデオとプリンタから排出された身元不 明の企画書の所在を確かめる為に会社への道を急いだ・・・。

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