読切り小説 atami story 熱海物語

第十章1

「おぃ待て!待つんだT!」
「Sさんに逢えるんだ!俺が、俺が救うんだ。」
後ろから叫ぶOさんの声を掻き消した僕の叫び声は冬の終わりを予感させる夕方の空に吸い込まれていく・・・。

自分の心臓の限界など全く解せず、先程まで色々な思いを馳せながら登った石段を、まるで昔見たテレビアニメのサイボーグが乗り移ったか様に加速しながら降りて行く。
僕の先走る想いは、自分の全ての筋肉を支配しペンションの玄関の入り口を破壊する勢いで開け放つ。
「ちょっ、ちょっと!何ですか!」
丁度、そして運悪く玄関の前を歩いていたと思われる水色のトレーナーの上下を着た若者が驚き、そして訝しんだ表情を僕に見せている。
「すみません!・・Sさんは、Sさんは居ますか!ハァハァ・・」
その若者は本能的に危険を察知した様で1、2歩後ずさった。
「ハァハァ・・あの、Sさんを・・・えっと、ハァハァ・・給仕の、ハァハァ・・」
・・・息が切れた僕の声は全く日本語になってない。
眉を顰めた青トレーナーの若者は、明らかに不審者の突然の訪問に閉口している。
「その人ならさっき夕飯の買い出しに出掛けました!それが何か?」
意を決したかの様に、ハッキリと答える彼の大きな声は玄関の壁に反響して居間の方まで届く。異変を感じ取ったペンションの期間限定の住人達は玄関の方に・・・いや僕に注視しだす。
「あっ、あの人さっき、海岸ですれ違い様に変な事言ってた人じゃ無い?」
息を潜めた内緒話の声は何故か良く聞こえるもの・・・今回も例外は無い。
冷ややかな沢山の視線が僕に集中する。
『Sさんがここに居ないなら長居する必要は全く無い!』
そう的確に判断する僕の思考回路はまるでデジタル信号の様だ・・・0と1しか無い。
「お楽しみの所申し訳ありませんでした!」
と青トレーナーの若者の同じくらいの大声で挨拶した後、深く一礼をして、今度は静かに、そして馬鹿丁寧に玄関のドアを閉めた。一呼吸置いた後、急いで自分の車に戻りエンジンに火を入れ、大きな声で叫んだ。
「Sさんを意地でも探し出してやる!」

ロードムービーの主人公の様に見知らぬ土地を宛ても無く走る愛車と僕は同じ動作を繰り返している。
商店やスーパーマーケットを見つけると店の前にハザードランプを灯して止まる。
店の中に急いで入る。
項垂れながら出てくる。
・・・何時間経ったのだろうか?商店街の灯りはまるで僕の希望の光を一つずつ消してくか様に規則的に消えて行く。見つける事が出来なかった僕は・・・Sさんを。
商店街の灯りが消え去った時、愛用のメンソールの煙草にゆっくりと火を灯け運転席側の窓を空けて深く肺の奥まで煙を送り込む・・・すると心地よい目眩が僕の興奮を冷めさせてくるのが分かった。
「Sさんは買い出しに行って、もう戻ってるかも知れないんじゃないか?」
「って言うか、最初からペンションで待ってれば良かったんとちゃうか?あほか!」
いつも、そう僕は・・・興奮すると後先考えずに行動し、暫くして後悔する・・・昔からこの性格は変わらない。
僕は、真っ暗の山道を制限速度でペンションまでゆっくりと愛車を操る。そしてペンション到着まであと50mぐらいの所からヘッドライトを消し、人が歩くぐらいのスピードで近付いて行った。
「さっき、興奮してペンションに押し入ったから、もう一回訪ねる訳にはいかないよな・・・」
冷静な感覚を取り戻した僕は先程の自分の行動をまた後悔している。ペンションの方を見上げると、窓から洩れる明るい光を多数の人陰が遮る・・・もちろん今の僕には全く縁が無い楽し気な男女の声を伴いながら・・・。
普段に戻った僕に訪れる現実的な問題・・・「もし、Sさんが戻って来たらどうしよう?」

『Sさんはどうして失踪したの?』
・・・いきなり核心を突くのは不味いよな。
『あっ、Sさん久しぶり!元気?」
・・・あまりにも不自然だ。
『何って話し掛けたらいいんだろう・・・』
・・・やばい!緊張してきた。

心臓の高鳴りが段々身体全体を揺らしだし、額と脇の下が汗ばんでくる。その緊張を解す為にカーステレオのラジオのスイッチを入れて、熱海で聴けるFMを探す為にチューナーを動かし始めた。
「ザァ・・・ザァ・・・でしたね。では明日のお天気をNちゃんに伝えてもらいましょう!お相手はKでした!また来週!」

「えっ!?」
この声は・・・そしてKという名前?
「まっ、まさか!」
あのBテレビの・・・僕の恩師の・・・行方不明のKさん!?
何で?何で!Kさんがラジオに?

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