読切り小説 atami story 熱海物語

第十章3

何故?Kさんが、Kさんがラジオに?・・・熱海のFM局?
僕は携帯電話から番号案内で熱海のFMの電話番号を調べるや否や電話をかける。
「あの私、レコード会社の宣伝のTと申しますが、Kさんって方はいらしゃいますか?」
電話に出た女性は丁重な口調でKさんが居る事を僕に告げてくれた。更に今から御会いしたい旨を伝え、本人に替わって貰うように依頼する。
保留音の「カノン」を聞く。
心臓の高鳴りが僕の携帯電話を小刻みに揺らし出す。
「お電話替わりました・・・ディレクターのUと申しますが。」
Kさんではない・・・暗いトーンの声を持った男性に替わった。
「あのぉ?Kさんをお願いしたいのですが・・・」
「申し訳ありませんがKは急用で帰らせて頂きました。私が代わりに聞かせて頂きますが。」
Kさんは帰った・・・でも所在は、Kさんの所在は掴んだ。でも今、知る事が出来る情報は全てゲットしておきたい。僕はもっと詳しい情報を把握する為に熱海のFMに行く事にする。

それにしても、Sさんは一向に帰ってこない・・・もしかして入れ違いで帰ってしまったのかもしれない。Sさんの姿も確認したいし、Kさんの情報も把握したい・・・僕にとっての究極の選択。ちょっと勇気はいるが、再度ペンションを訪ねてSさんの所在を確かめてみるのが一番だ。愛車のドアを静かに閉め重い足を引き摺りながら、やっとの思いでペンションの玄関に辿り着いた。
「あぁ~気が進まない・・・嫌だなぁ。」
大きく深呼吸をして2,3度頷いた後、意を決して呼び鈴を押した。
「はぁ~い」
明らかに陽気な声を伴って出てきた女性のテンションは、僕の顔を見るなり急激にダウンしてくのが分かる。
「なぁっ、何なんですか?何度も何度も・・・」
「さっ、先程は本当に失礼しました・・・僕は只、給仕のSさんに逢いたかっただけで・・・」
「あなた、ストーカー?いい歳こいて気持ち悪い。あんたのお目当ては戻ってこなかったわよ。替わりのおばさんは来たけどね・・・一応あなたの顔覚えてくわ。事件起こしたら警察に言う為にね!」
そう言うなり激しい勢いでドアを閉められた・・・小さな怒りが湧いてくるのを心の中で抑えながらペンションを後にした。
「熱海のFM局に行こう!」
先程電話で聞いた道程の記憶を頼りに愛車を再び熱海市内に向かわせる。熱海の駅から西に10分くらい進み、市役所らしい建物を右に曲って坂道を暫く登ると右手に熱海のFM局「FM A」を見つけた。 車を1階の駐車場に止め、2階にある事務所に向かう。事務所の入り口で「お早うございます!」と挨拶すると中から暗い感じの青年が出てきた。
「Tさんですか?私、先程電話を受けましたUと申します。」
お互い名刺交換を済ませ、案内された席に着くと炭の香ばしいコーヒーの香りが僕のの鼻先に届く。
「このコーヒー美味しいんです。ぜひ飲んで下さい。」
勧められるがまま、2,3度会釈しながらコーヒーカップを口元に持っていく。
「ところで、Tさん・・・羨ましいな。Tさんは資格があるんですからね。私はビデオテープは見てないんだよな・・・まぁ大学生の時、ペンションで偶然聞いたカセットの音で人生おかしくなっちゃうぐらいなんだからビデオなんか見てたら本当に消えて居なくなっちゃたかもね・・・ウヒヒヒ!」
「ブファー」
僕は折角の美味しいコーヒーを吹き出した・・・。
『えっ?何って言った!?何でこいつは僕が8mmテープを持っている事や、Oさんが持っていた手紙の内容を知ってるんだ?初対面 なのに!?』
「ごめん!びっくりさせちゃったみたいですね。でも、その事探りにOさんと熱海に来てるんでしょ?私ねぇ、回り諄い事嫌いなんです。性格変ですみませんね・・・ウヒヒヒ。」
無気味なトーンを含んだ声は僕の背筋を寒くさせるには充分過ぎる・・・。
「Kさんに逢いたいでしょ?じゃぁ、今から行きましょうか。多分ねOさんも向かっていると思いますよ。あっそれとTさんお気に入りのSさんは多分、先に一人でいってるかも?」

もうこいつには逆らえない。知り過ぎてる・・・こんな恫喝を受けたのは生まれて初めてだ。

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