読切り小説 atami story 熱海物語

終章

年末年始の忙しさから解放され、たった2日間の正月休みは家から一歩も出ずに昼間っからビールを飲み、去年買ったロールプレイングゲームをひたすらプレイする・・・という時間を無意味に過ごしたら、もう仕事始めだ。
そして新しい年の誓いを立てる間もなく仕事が始まる・・・。
俺は、レコード会社のディレクターである。もうこの仕事を始めて5年経つが毎年こんな感じで新しい年を迎えている。
今年も沢山の年賀状を頂いた・・・でも僕は一通も出していない。
頂いた年賀状の送り主の住所を見ながらお返事の年賀状を書き始めるがとっくに松の内を過ぎている。
今年も書きはじめて、半分くらい書き終えた頃、送り主の名前が記されていない汚い茶色の封筒が目に入った。
「年賀」とも書いていない、葉書でなく封筒。
宛先は確かに俺の名前・・・消印は熱海。
ちょっと訝しい気持ちを持ちつついつもの用に鋏など使わずぶっきらぼうに封筒を開けた。すると、その中には汚いカセットテープ1本と便箋が入っている。
「今どきカセットテープ?」
よく見るとカセットのA面と書いてあるラベルの上の方に手書きで「atami」と書かれてある。俺はカセットを机の横にあるラジカセに入れて、同封されている便箋を開いてみた。

突然のお手紙ですみません。私は都内に住む会社員です。
私はこのテープを持っていてはいけない人間です。私には資格がないのです。
このカセットを私は以前から、どうしても資格がある方にお渡ししたかったのですがどうすればいいのか分からず3年以上の月日が経ってしまいましたがやっとRさんが見つかりました。宜しくお願いします。

これで私の3年以上の苦痛は開放されました。
ところで、Rさんは熱海に行った事はありますか?

正直言って、俺はたじろいだ。奇怪な文章の内容にではない。
僕はこの便箋を見たことがある。俺の名前以外が、一字一句全く同じ便箋を・・・。
今から2年前、俺がアシスタント・ディレクターの頃に厳しく教えを頂いた先輩のディレクターにOさんという人がいた。
俺よりも7つ年上のベテラン、そして業界では有名な敏腕ディレクターで・・・

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