読切り小説 atami story 熱海物語

第三章

相変わらず昼夜逆転、睡眠不足が続く毎日が繰り返され、昨日食べた夕食のメニューなんかも思い出せない日々が続いている。
今日も気がつけば午前2時。
「効率よく仕事すれば朝まで仕事する必要なんかないじゃないの?」
昼間、上司に嫌味を言われてしまった。自分では効率良く仕事しているつもりなのに。
「よし!後1時間で宣伝資料を作って帰って家でゲームするぞ!」

・・・1人で深夜にデスクワークをしている時は不思議と
『色々な考えが浮かんでは、消える』
という事がくり返されるもので遅々として仕事が進まない。昔からそうだった。
中学・高校・大学とテストの前日には一夜漬けをしてはみるが、集中力が無い為、色んな事を考えすぎて結局、勉強した事は頭に残ってないまま朝を迎える。
至極当然、成績に反映されず
『勉強したかもしれない』
という自分への気休めでいつも終わっていた様な気がする。

おっと!また仕事と違う事を考えてしまった。
「宣伝資料つくらなきゃ!」
僕の頭の中は便利である。
嫌な事は直にリセットし、新しく・楽しい事を考え始めている・・・この間、僕に降り掛かったあの厭な1日も。

最近、女の子と楽しく飲んだり・食べたりすることがまったくといってない。まあ、たまに僕の大先輩の女性社員(3?歳・独身)と昼食を2人でとるくらいだ。これじゃ、いつか間違ってこの人と僕は結ばれちゃうかもしれない。
『あ~ぁ、Sさんと御飯でも食べに行けないかな~。うーん、いっその事、温泉にでも誘えないかな・・・もちろん日帰りで。でもいきなり2人きりは、やばい奴と思われるから最初はグ ループで誘った方が好印象かも?・・・僕的には、どうせならなら温泉に行って心のリフレッシュも出来るし・・・う~ん、難しい?でも、Sさんは僕の名前を覚えてたし、もしかして?僕に気があるかも!?』

また仕事と違う事を考えてしまった。
「くだらない妄想をしているから仕事が遅いんだ!」
と叫んでみたものの
・・・我ながらいい計画(妄想?)だ。
「家に帰って計画を詰めてみよう」
・・・本来作るはずの計画書である”宣伝計画書”は、また翌日に回された。

一度立てた計画(妄想?)は、宣伝マンの血が流れる僕としては何が何でも決行しなければな らない。宣伝マンの鉄則である!(こんな時だけ力説!)
昨日の夜、家に帰って詰めた計画(妄想?)案
『Bテレビの受付のお気に入りの”Sさん”と、”Sさん”の友人も誘って行く温泉旅行』
・・・まだ計画は穴だらけである。
何故ならSさんの友人も知らないし、ちょっと、はにかみ屋の僕は気軽に女の子に話し掛ける 度胸は・・・あまりない。
この計画(妄想)を実行するには口が上手くて行動力のある助っ人が必要である。
誰がいいのか?。
大学時代の友人で、口の上手い銀行マンでも誘ってみるか?
「・・・この電話は現在使われておりません。恐れ入りますが電話番・・」
じゃあ、自動車部の後輩で比較的ルックスがいい商社マンでも誘うか。
「先輩、知らなかったんですか!俺今、転勤で札幌っすよ」
こんな生活をしていると大学時代の友人とは疎遠になってしまう・・・。
こうなったら仕事関係の人でも誘うしかないかな?
この間、Bテレビの歌番組の立ち会いに行った時、僕のお気に入りのSさんの横に座ってる同じBテレビの受付のMさんのことカワイイとか言ってた人がいたな・・・誰だっけ。
ぶつぶつと考えごとをしながら、冬の西日が目に入り一瞬、目眩をもようしたものの立ち直り欠伸をしながらジュースの自動販売機へとふらふらと向かおうとした。

「ガスン」

丁度、僕の席から死角になる西の窓側ところにジュースの自動販売機があり、そこから誰かが 飲み物を買う音だけが響いてきた。西日を背に受けシルエットしか分からないが、近付いていくと誰だか分かった。鼻歌を唄いながら、まるでビールの飲むような幸せな顔を浮べながら咽 を鳴らしながら炭酸飲料を飲んでいた。ディレクターのOさんである。
このOさん、実に酒好きな人である。いや、酔っぱらうのが好きな人かもしれない。
僕のファーストインプレッションは、数年前に社員旅行でいった熱海の旅館でベロベロに酔っ ぱらって、携帯電話で誰かと英語で会話をしていた姿をみて僕は・・・なっなんなんだよ?この人すごい!っと人間的に興味を持って引かれていった。
(一体誰と話していたのか今だ聞けていない)

業界人らしく夕方なのに元気な声を張上げてOさんに挨拶をした。
「おはようございます!」
その声に驚いて僕の方を振り向いたOさんは口からこぼしてしまった飲み物をいつもの様に、ジーンズの右前のポケットから出した青色のタオル地のハンカチで口元をふきながら
「おつかれ・・・」
と少し疲れた口調で返してくれた。
「そういえば・・・OさんってBテレビの受付のMさんのことカワイイとかって以前言ってましたよね。」
全く失礼である・・・僕は。
他人を脅かしておいて、こんなことを唐突に言うヤツは珍しいかもしれない。
しかし、人当たりの良いOさんはまるで”ザオリク”の呪文を唱えられた死人が急に動きだしたか の様に
「うんうんうん!あの子カワイイよねー。隣に座ってるSさんもいいけど、Mさんの方がさぁ、こうなんて言うか、清楚で、頭が良くて・・・この間話し掛けちゃったんだよね」
先程の疲れた顔から、みるみるうちに満面の笑みを浮べた顔に変わった。
僕は確信した。ずばり、この人が今回の仲間だ!いた、いた。温泉に誘う人見つけた!
「いや~ここだけの話し。大将、いい話しありますよ」
とイヤな関西弁を使って僕の計画を語った。

早速僕達は
『Bテレビの受付のお気に入りのSさんと、Mさんを誘って行く温泉旅行』
を実践すべく急遽2人でミーティンングを開始した。
僕の隣の席の経費精算用のコンピューターがある席にOさんは座った。
「まず、何処の温泉に行くかだな。インターネットで検索しようよ」
Oさんは弾んだ声で言った。しかし皆さんご存じの様に、ジャングル化した僕の机から林檎のマークついたのキーボードを探すのは非常に大変だ。しかし今回はマウスまで探さなければならな い。
「僕の机に本物のマウス(鼠)が現れるのもそう遠くなさそうだな」
と下らない事を心の中で呟きながらOさんの少年の様にわくわくした目に背中を押されるかの様に急いでコンピューターの電源を入れ、検索エンジンを立ち上げた。
「えーっと温泉・・・」
こういう場合、”温泉”とキーワードを入力するよりも具体的な温泉地名を入れた方が早そうだ。

「伊豆かな、鬼怒川かな、草津かな・・・草津ならスキーも出来るし・・・」
「でも、Oさんといえば熱海!だ」と心で思い、あの酔っぱらう姿を思い出して一人ニヤニヤしながら指をキーボードの上に置いた。
ブラインドタッチが出来ない僕は、一文字一文字キーボードを見ながら『あたみ』と入力したつもりだった。

今まで楽しかった雰囲気が一転した・・・
「Tくん、何でこんなキーワード入れるの。何か俺を騙してないか」
と急にOさんは怒った様な声で叫んだ。
僕は焦ってモニターを見上げた後、恐る恐るOさんの顔を見ながら思った。

「なんでキーワードを間違えて入れたぐらいでそんな顔をするのかな。キーボードがローマ字入力になっていて『atami』と入力されただけなのに・・・」

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