読切り小説 atami story 熱海物語

第六章1

あれは忘れもしない・・・1996年夏、僕達は熱海にいた。
あの夏はとても暑かった、そして楽しかった。
まさか、あのカセットテープを持ち帰った事で、あいつがこんな事になるなんて想像すら出来なかった。
・・・僕の友人Uは行方不明になった。2000年を迎えた正月に・・・。

僕らは都内の大学のテニスサークルに所属していた。
まあ、テニスサークルっていっても所謂軟派系のサークルで冬になるとスキーサークルに変わるって感じだ。部員は男子が僕を含めて12人、そして女子が15人。今年は嬉しい事に女子の新入生が6人も入った為、華やかな雰囲気が漂い、他のサークルから羨望の眼差しを受けている。
僕も4回生、最後の合宿だ。通例、夏の合宿の日程や場所は全員参加のミーティングで決められる。4回生は基本的には”お目付役”としてミーティングに参加しており本来発言権は、無い。しかし今回、合宿場所を決定するミーティングは出しゃばらせてもらった。毎年、軽井沢に行っていたのだが、今年は私の一存で熱海に決めた。事由は唯一つ!
「新入生の水着姿が見たい!」
僕も4回生、最後の合宿は楽しく行きたいものだ・・・。

何時走ってもそうだが、国道135号は何でこんなに混むのだろう。特に夏は常軌を逸する程混む。小田原厚木道路を降りてから、多分平均時速は10km/h以下だろう。
・・・やっと地獄の135号を抜け、中学校の横を通過。そして美術館を越えた所に今回の合宿で宿泊するペンションがある。2階建ての白い外壁が眩しい洋館は、ちょっと小高い丘の上に立っている。また駐車スペースも裕に5台は止められるだろう。海側に向いている庭は、少年野球のホームランバッターさえも冊越えするのは難しいと思うくらいだ。
管理人に聞いたのだが、ついこの間まで誰かの別荘だったらしい。そう言えばよく見ると、未だちゃんと改装されていない様でテラスには子供用の自転車があったりまだ”E”と書いてある表札が掲げられたりしている。
「ここの持ち主だった人はバブル崩壊組か?もしかして自殺してたりして・・・」
まあ、僕達には関係ない。こんなに広くて綺麗な所に泊れるのだから、満足だ。
荷物を名々、20畳以上あると思われるリビングに置き、テニス道具を持って白亜の建物を後にし、車で5分程山の方にいったゴルフ場の横にあるテニスコートに向かった。

ペンションと行っても、給仕してくれる人は居ない。自分達で材料を買い、料理をしなければならない。正直言って全開で練習をした後に、料理を作るのは非常に億劫だ。
・・・しかし僕らの味方Uがいる。
Uは僕と同じ4回生だが、例年彼が料理を作っている・・・って言っても強制的にやらせている訳では無く、本人自ら進んで料理当番をする。だから毎年新入生は当初『先輩にやらせちゃって、スミマセン』って顔をして、あたふたするが出番が無い事を悟ると皆、手持ち無沙汰な感じで突っ立ている。今年もこのシーンが見れそうだ。
・・・僕らより30分遅く、買出し斑が戻ってきた。
『今日のメイン・ディッシュは何かな?』
スーパーマーケットの名前が印刷されている白のビニール袋から大量 の肉と野 菜が覗いてる・・・。『多分今日はバーベキューかな』
「冷蔵庫、ビールばっかりでお肉が入らない!」
女子部員が迷惑そうに大きな声で叫んだ。
・・・そうそうビール!
スポーツの後の冷えたビール!”人間”である事の喜びを感じる瞬間、そしてアルコールアレルギーじゃない僕を誕生させてくれた神に感謝する瞬間。
そして窓の外に目を移せば正に今、海に沈もうとしている赤い太陽。そしてその太陽の赤さを横顔に受けた、ほろ酔いの風呂上がりの女の子、そして美味しそうな音を立てて焼かれるでかい肉!
大学生活最後の夏はとても幸せだ!

宴も盛り上がり幸せな時が流れている・・・庭で暗闇に咲く小さな花火。
「なんか音楽かけようぜ!」
上半身裸で真っ赤な顔をした後輩が庭から大声で叫んだ。
「いいよ!僕がかけてやる!」
僕がそう答えると、後輩はすまなそうに小さくなって何回も頭を下げている。
僕は笑顔で片手を振って『気にするな!』という合図を送ってやった。
「この豪華なステレオも前の持ち主のかな?」
と独り言を言いながらアンプの電源を入れると、勝手にカセットデッキが動き出した。 「あれ、何かカセットが入ってるよ。誰かいれた?」
皆は、かなり酒が入ったせいか、僕の話なんか誰も聞いてない。
「まあいいか」
と僕は呟きカセットを取り出し暖炉の上に置いた。

「何、今あそこに置いたカセット。お前の?」
と隣で相当酔っぱらった顔をしたUが、僕に訪ねた。
僕は立ち上がり暖炉の上のカセットを取り、Uに投げた。
「何か、無茶苦茶古いカセットだな。俺が小学生くらいに売ってたやつじゃん」
「a、t、a、m、i、あたみ?熱海?。何か手書きでatamiって書いてあるよ」
そう言いながらUはそのカセットテープをまじまじと見てこう言った。
「寝ながら聞くから借りていい?」

この何気ない行為が、今後のUの人生を決める事になることなど僕も本人もこの時点では知る由も無かった。

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