読切り小説 atami story 熱海物語

第九章1

「いや~!良く寝た。あれっ?T君は何処に行ったのかな?」
Tくんの心遣いか、お節介なのか?いくら春先の暖かい日だとしても効き過ぎのカークーラーのお陰で、すっかり冷え切ったしまった体をリハビリする為にT君の愛車から外に出て身体を伸ばした。
「うあぁ~あ」
大きな欠伸と伴に頬に流れる涙の筋と目尻に残る目脂を愛用のタオル地のハンカチで拭い取った。何げ無く、遠くに視線を移すと駐車場の奥に立つ時計を見つけた。
「えっ、もう4時!?Eさんの命日に墓参りしないでどうする!折角、熱海まで来たのに。」
俺は小走りに走り、国道135号線でタクシーを拾った。

「お客さん!どこまで?」
俺は以前・・・そうEさんの御葬式の時に、Eさんの奥さんに貰ったボロボロの地図を運転手に見せながら言った。
「う~んと・・・駅を越えて中学校の先で、美術館を越えて・・・」
「その先にペンション街があって、えっと・・・その辺りまで。」
そう伝えた後、勝手に行方をくませたTくんに連絡すべく自分の携帯電話を取り出し、住所録のメモリーからT君の名前を探し始めた。
「Tです。只今電話に出られません。御用件のある方は・・」
俺は電話を切った。
「T君も子供じゃないし、また後で携帯に連絡をつければいいし・・・それに宿泊先の場所も互 いに知ってるし、まぁいいか。」
「あっ!ここで・・・あっ、あの青い外車の後ろでいいです。」

2階建ての白い外壁の洋館が見えた・・・そう、僕の恩師Eさんの元自宅。
再び脳裏に蘇る当時の記憶。
思い出したい事と思い出したく無い事が、交互に浮かんでは消える。
俺はタクシーを降りた。 久しぶりに見るこの石段。
10年前、葬式で来て以来見る石段。
・・・そうEさんが永遠に眠る墓という名のベットがこの石段の頂上にある。
一つ一つ思い出を絞り出すかの様にゆっくりと、そして粘りっこい足取りで石段を登って行く。
44段目で広がる海と緑と空・・・ここが頂上だ。
訪問者を拒む様に生える木々の間から右手に垣間見えるEさんの墓に注視しながら進んでいくと人陰が木々の影と交錯しているのを見つけた。
「あっ、奥さん!僕です。Oです。」
その人陰がEさんの奥さんだと認識した俺は無意識に言葉を発していた。
「Oさん、Oさん。お久しぶり!元気だった?」
その笑顔で話し掛ける奥さんの表情や、やさしいハイトーンの声は10年前と全く変わらない。
「わざわざ遠くから・・・本当に有難う、主人も喜ぶわ。ご免ね。お線香取って!」
そう言ったEさんの奥さんの視線の先に立つ女性・・・以前、見た記憶があるが誰だか今は思い出せない。
その女性は、軽く会釈をしてから俺に歩みより、線香を3本手渡してくれた。
俺は手桶の水を柄杓で汲み取り、墓石の右手に歩み寄り上部から掛けようとした瞬間!衝撃的な事実を見つける。

確かに墓石の表面にE家の名前が書いてあったよな?
でも墓石の右側面に刻まれている埋葬者の名前に、Eさんの名前が見当たらない。
何故だ?えっ、どういう事?
「Oさん、どうかしたの・・・」
さっきと打って変わった奥さんの声色に驚き、振り返った
「いや、いや別に・・・ちょっと感慨深くなりまして・・・」
その場を繕った発言をしながら慌てて水を掛けた後、自分でも分かるぐらい、ぎこちない動きをしながら墓石の正面 に座わり、Eさんの奥さんの視線を背中に感じながら線香に蝋燭から灯を移し・・・立てた。
『Eさん、御無沙汰しててすみません。僕もやっと一人前になりました。一重にEさんのお陰です。』
そう心の中で呟く俺以外の、誰かが頭の中で言う。
『何で墓石にEさんの名前が刻まれて無いの?』
僕は立ち上がり、ゆっくりと後ろを振り向きEさんの奥さんに深々と頭を下げた。
「Oさん、今日は日帰り、それとも宿泊?」
・・・僕は奥さんに友人と熱海に来ており、温泉宿を予約している事を告げた。
「せっかくだから一緒に御飯でも、って思ったけど無理ね」
・・・俺は『滅相も無い』という言葉を、胸の前で小刻みに左右に振る手首で表現する。
「タクシーで来たの?じゃあ、街中まで送って行ってあげるわ。」
奥さんはそう言い、辺りを片付け出した。
・・・あれっ?さっきまで奥さんと一緒だった女性が居ない
「Sちゃんね。隣のペンション、まぁ元自宅だけど・・・そこで給仕して貰ってるの 。今日は学生さんが合宿してるから夕飯の支度をしに戻ったわ。」

『Sさん?Sさん!?まさか・・・』
Bテレビの受付のSさん?
T君が言ってたSさん?
・・・思い出した!失踪したってT君が言ってたSさんに間違い無い!!
「あのぉ、すみません。石段の下に止まってる青い外車の持ち主の方いらっしゃいますか?」
俺の頭に中に渦巻いている謂れのない不安な思考をブレイクさせた、聞き覚えのある声の方に勢い良く振り返る・・・紛れも無く、その声の持ち主はT君。

俺とEさんの奥さん、そしてT君は微妙な距離を保って夕暮れの橙色の太陽に照らされている。

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