読切り小説 atami story 熱海物語

第八章1

何故か今日は寝付かれない。もうベットに横になって3時間経つ。
目を閉じて、寝ようと頑張れば頑張る程、頭の中に浮かんでくる事・・・。
それは『atami』。

僕の恩人・・・BテレビのKさんは何故、この僕を選んで8mmテープを渡したのか?
僕の気になっていた人・・・Bテレビの受付嬢のSさんは何故、この僕にKさんからの預かり物を手渡してから行方不明になったのか?
Kさんは3年前の人事異動の際に既にBテレビを退社している。最近までの3年間にKさんに何があったのだろうか?
Sさん以外で僕が、Kさんから荷物を預かったことを知ってる人は?
あのSさんの隣に座ってる同僚の受付嬢Mさん・・・Mさんは大丈夫なのか。
あの日Sさんは、どうして僕の名前をTと知っていたのだろう?
それより、何でSさんはKさんを知ってるのか?だってKさんが転勤した後にSさんは 受付に配属されたんじゃ?
まさか?KさんとSさんは親子?いや、そんなハズは・・・?

大体こんな深夜に頭の中で考える事なんて・・・殆どネガティブな発想。
考えれば考える程、疑問や憶測が僕の脳裏を駆け抜けて行くだけ・・・。
公式の思い付かない文章問題にぶち当った小学生の頃の様に、そして長い階段を転げ落ちる様に、自己嫌悪に陥っていくのが分かった。
『ボクってやっぱりオカシイ???』

結局眠れなかった・・・。
シャワーを浴びて歯を磨き、そして冷たい牛乳を一気に飲み干し僕は家を出た。
今は朝9:30、今日は会社に一番乗りだ。
「おいT!お前は偉い!」
その大きな声に振り返ると満面の笑みを浮かべた僕の上司、H常務が後ろに立っていた。
・・・そう言えば昨日常務に「毎朝10:00には出社しろ!」って怒られたな?
あっ!もしかして常務は勘違い・・・唯、単に眠れなかった為に早く来ただけなのに。
「昨日常務に怒らてから、心入れ替えました。どうも有難うございました!」
・・・これで少しボーナスに色がつくかな?
レコード会社のサラリーマンは簡単に休みもとることも出来ない。打ち合せやテレビやラジオの収録の立会い、そして会社に帰れば会議、企画書作り、精算といった業務に振り回されていく。当然休みも無けりゃ、プライペートな時間もない。時折『変わりに誰かやってよ・・・』と泣き言を言ってみたいもんだ!でも確か?僕は就職活動の時に『自分以外の人が変わりができないプロの仕事を・・・』なんて言ってた気がするが・・・。

実は、今週の熱海行きはかなり楽しみにしている。何たって今年入って初!連続休暇。仕事の疲れを落としリフレッシュする素晴しい機会だ・・・でもOさんと2人っていうのが玉 にキズ。せめて女の子の1人くらい・・・いけない!今回の熱海行きはOさんの恩人のお墓参り。ちょっと不謹慎すぎた・・・そして僕も恩人と知人の2名が行方不明になっているというのに遊び気分で熱海に行くというのは・・・。

一昨日は寝つけず徹夜したので昨晩は熟睡した。そのせいか何と!朝8時に目が覚めた。
今日は熱海への出発日。少しワクワクする自分の気持ちを極力抑えながら、愛車のエンジンを掛けた・・・が、さすが愛車!最近の僕の空回りな気持ち同様、中々エンジンが掛からない。
「あれ?マジやばい!バッテリー上がってる?」

Oさんは最近、新築マンションに引越した。場所は東名川崎インターのすぐ近く。僕の家からは高速を使って混んで無ければ20~30分で行ける。
 待ち合わせ時間は午前11:00。
 今は午前11:16分・・・遅刻だ。
『折角朝早起きしたのに、バッテリーが上がってて、ガソリンスタンド行って、随分待たされて・・・あ~もうどうなってんだ!』
やっとOさんのマンションが見えて来た・・・よく見ると玄関の前に見覚えのある人陰。
段々と近付いてくるにしたがって人陰が鮮明になってくる・・・。
『笑顔で、楽しいそうだぞ。えっと手に持ってるカバンは・・・旅行セット?』
な~んだ!さっきまで自分自身を不謹慎だと責めていたのがバカらしくなってきた。
「おはようございます。Oさん! 遅れてすいません・・・。」
僕は一応、形だけでもすまなそうなトーンで言った。
「大丈夫、大丈夫!早速出発しようか!」
「いや~天気良かって嬉しいよ。」
・・・Oさんってホント!脳天気。

再び、東名川崎インターから東名高速に入った。
朝の不調さが嘘の様に愛車は、交換したばかりのスポーツマフラーから心地よい轟音を立てて走り続けている。Oさんは助手席で僕のCDを漁り、気に入ったのを見つけるとCDプレイヤーに取っ替え引替えCDを入れ替えては、大声で歌いながらドラムを叩く真似をしている・・・。
『ホントこの人、脳天気だな』
再び思った・・・そう言えばOさんの家を出発してから一言も話してない気がする。
「ねぇTくん!ハラ減らない?」
はいはい分かりました。もうなんて身勝手な人!
僕は、厚木インターの出口にハンドルを向けた。そして店を探すのが面 倒くさいから最初に見えた店に入ろうと心に決めた・・・でも最初に見えた店、それは焼肉屋だった。
昼間から焼肉屋でメシを取るなんて・・・でも熱海へ行くと決定してから、ちょっと睡眠不足だったし、何故か食欲も少し減退していた。
『スタミナを付ける=(イコール)焼肉』
そう自分に言い聞かせて焼肉屋に向けてウインカーを出した。
・・・でも、胃がもたれるかも。
さすがOさん!運転する僕の事など眼中に無く、早速昼間から美味そうに咽を鳴らしてゴクゴクと生ビールを平らげている。
「プファー」
口の周りには似合い過ぎるくらいの白い泡でできたヒゲを蓄えてOさんは言った。
「僕だけ飲んじゃってご免ね!Tくん。」
・・・飲む前に言えよ、飲む前に!
そして笑顔でタン塩を焼きながら、Oさんは唐突に言った。

「例の『atami』のカセット聴きたいでしょう?」
・・・えっ!聴かせてくれるの?心の準備出来てないよ。
「Tくんのタン塩、焦げてるよ!」
と言いながらOさんは、ポケットから何かを出して机の上に置いた。
・・・それは手書きで『atami』と書いてある古ぼけたカセットテープ・・・。

筆跡が極似している・・・僕が持っている8mmビデオと。

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