読切り小説 atami story 熱海物語

第八章2

焼肉屋の脂ぎっている机の上に唐突に置かれた手書きで『atami』と書いてある古ぼけたカセットテープ。

「例の『atami』のカセットの音、聴きたいでしょう?」
タン塩を焼きながらOさんは唐突に言った・・・Oさんの顔を見上げると少し酔ったせいか瞼の上が赤かった。
「はい、聴きたいです。あのぉ・・・後もう一つ、W氏のプロデュースで・・・CDって話っていうのも聞きたいのですが。」
「T君、前に変な企画書を見たって言ってたよね?」

・・・あっ!あの『atamiプロジェクト始動』って書いてあった書類。
・・・まさか、このW氏のプロデュースする企画って!

「もしかして『atamiプロジェクト』ってOさんの企画? ・・・何で、敢えて『atami』を取り上げるんですか?Oさんは『atami』で不幸になったって言ってたのに・・・」
僕の質問に骨付きカルビをほうばりながらOさんは優しく微笑みながら、こう答えた。
「まぁ、人各々自分の気持ちの解決法ってものがあるからね・・・」
そうOさんは切り出し、話を続けた。

俺、最初は・・・正直言って気が進まなかったけど、その気持ちを払拭するぐらいW氏が『あのテープ』に感化された曲「ナイチンゲール」は、いい曲なんだよ。『あのテープ』を最初聞いた時、何とも思わなかったんだ・・・実は俺も。
でもEさんの事を思い出す事が出来たんだ・・・それだけでいいんじゃない?
T君には悪んだけど俺にとっての『atami』は、もう厭な出来事じゃ無くなってる。
多分『あのテープ』が無ければ俺はEさんの事を忘れてしまったかもしれないから。
Eさんは『atamiのカセットテープ』を当時、僕に聴かせたかったんじゃないか?。
Eさんは僕と同じ考え・・・CDとしてリリースしたかったんだと思う。
だから俺が・・・代わりに。

「あ、おねえさん!生ビールお代りね・」
明らかに50代のおねえさん(!?)に話し掛けるOさんの声で会話がブレイクした。
「まあ、しみじみしててもしょうがないじゃない!パーといこうよ」
そう言いながらOさんは1杯目ジョッキに残るビールを一気に飲み干した。
・・・ここで僕は一つの大きな疑問が生まれ、場の空気が変わるのを覚悟してOさんに疑問をぶつけた。
「Oさん、『atami』のテープを持っていただけで死んじゃったり、行方不明になる人がいたのに勝手にCD出しちゃっていいのでしょうか?」
「T君、気が付いてないの!居なくなっちゃった人は『atami』のテープを手放した人だよ。『atami』のテープ、つまり『atami』の音を持っている人は居なくならないと俺は思うんだ。だって実際そうだろ?」

BテレビのKさんは『atamiの8mmテープ』をSさんに手渡した。
・・・Kさんは居なくなった。
Sさんは『atamiの8mmテープ』を僕に手渡した。
・・・Sさんは居なくなった。
Oさんは『atamiのカセットテープ』を持っている。
・・・Oさんは今、僕の目の前にいる。
T、そう僕は『atamiの8mmテープ』を持っている。
・・・僕は確かにOさんの目の前にいる。

Oさんの先輩Eさんは『atamiのカセットテープ』を誰に渡したのだろう?
・・・Eさんは死んでしまった。
Oさんに『atamiのカセットテープ』を送った人は居なくなったのか?
・・・送り主は分からない。
Oさんが今、『atamiのカセットテープ』を持ってるって事はWさんは?
・・・『atamiのカセットテープ』をCD-R(注1)に焼いて保管している。  

そんな音を、『atami』の音を、CDでリリースしていいのか?
「さっきも言ったけど、一度『atami』の音を手にした人は手放さない限り、居なくならないと俺は思うんだ。俺は単純に、聴いて欲しいんだ・・・この音を。W氏のプロデュースしたこの音を!」
そう言いながらOさんは自分の鞄から何やら紙を取り出して僕に見せ、読み出した。

突然のお手紙ですみません。私は都内に住む会社員です。
私はこのテープを持っていてはいけない人間です。私には資格がないのです。
このカセットを私は以前から、どうしても資格がある方にお渡ししたかったのですが
どうすればいいのか分からず3年以上の月日が経ってしまいましたがやっとOさんが見つかりました。
宜しくお願いします。
これで私の3年以上の苦痛は開放されました。
ところで、Oさんは熱海に行った事はありますか?

「えっ?もしかしてこの内容って!」
・・・そう、OさんやOさんの先輩に届いた封筒に『atamiのカセットテープ』と一緒に入っていた便箋。2人内容の違いは・・・名前の所のみ。後は一字一句全く同じだったそうだ。
「Oさん!この資格があるとか、苦痛が開放されたとか、何ですかこれは?」
Oさんは箸を焼肉のタレが入っている小皿に置き、ゆっくりと顔を上げて静かに言った。
「T君、最後に書いてあるだろう・・・熱海に行かないと分からないって事だよ。だから、こうして俺達は熱海に向かってる・・・いや導かれてるのかもしれないな」

2人の間に厭な沈黙が流れた。まるで演劇の舞台の上でスポットライトが当っているかの様に孤独感がひしひしと湧いてくる。

「まあ、取り合えずこのカセット聴いてみなよ。確かTくんのカーステ、カセットテープ聴けるよね?カセット聴いてみて、もし気になる事があるなら、熱海までの道中何でも俺に質問してくれていいから・・・。T君、まあそんなに暗くなってないで、ホラホラまた肉が焦げてるよ。若いんだから食べて食べて!!飲んで飲んで!でもウーロン茶だよ。ははははは!」

わざとこの場を取り繕う様なOさんの発言。
僕は引きつった愛想笑いを浮かべて肉を突つく。
もう僕は後戻りは出来なくなった。
『atami』の謎を必ず解明してやる。
そう心に誓いながら消し炭の様なカルビを頬張った。

注1・・・『CD-Rに焼く』=『CD-Rにコピーする』。CD-Rは現在、かなり普及している記録用メディア。ちなみにCD-Rは1回しかコピー出来ないが、CD-RWは何回もコピー出来る

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