読切り小説 atami story 熱海物語

第八章3

「まあ、取り合えずこのカセット聴いてみなよ。」
これから・・・僕は『atamiのテープ』を初めて聴く。

早く車に戻って『atamiのテープ』を聴きたい・・・。
僕は早くテープを聞きたい気持ちが先に立ち、伝票を握り締めて立ち上がって言った。
「そろそろ店出ましょう!Oさん。」
伝票は僕がレジに出したものの、会計は当然!先輩のOさんに任せ(ずうずうしさもプロモーターの武器!)僕は大きな声で「ごちそうさま!」とだけ言って一目散に愛車に走って戻った。
・・・そう当然!1秒でも早く、ずっと握り締めて僕の手の中で温まってしまったカセットテープを聴く為!
「ブァバム!」
車のドアは大きな音を立てて閉まり、僕は素早くキーを差し込んだ。朝にバッテリーを交換したお陰で愛車はキーを回すやいなや軽快な音を聞かせてくれた。
『カセットデッキを使うのはもしかすると車買って初めてかも?』
僕は慎重にカセットデッキに『atamiのテープ』を入れた。
吸い込まれるようにカセットテープは消え『カリ、キュルキュル~キュル』と聞き覚えのない不気味音を立てて再生を開始した。
『・・・キュル・・・キュ~キュルルルルルル・・・カリカリ』
「あれ?ヤバイんじゃない!」
僕は大きな独り言を吐き、イジェクトボタンを押して『atami』のテープを出そうとした。しかし時は既に遅し・・・。
何年も使われなかったカセットデッキのヘッドは積年のゴミの付着、そして静電気が帯電していたのが原因となり、見事に』はデッキと一心同体状態に陥ってしまった。
『まずい・・・大ピンチ。』
嫌な汗を額に浮かべながら僕は何度も何度もイジェクトボタンを押し続けた。
「ガシャ」
聞き覚えのある音と共に『atamiのテープ』は排出された。
一安心と思った瞬間!排出された『atamiのテープ』の奥に見えたモノ。
それは、カセットデッキと『atamiのテープ』との間に、へその緒のように結ばれたグシャグシャになった黒い磁気テープだった・・・。
「やっちゃった・・・。」
絶望の淵に立たされた僕が無意識に視線を遠くに向けた先には店の入り口から足取りの不確かなOさんがヨロヨロとこちらの方に向かって来る所を捉えた。
「あ~ぁ、何てOさんに言おう・・・気が重い。」
なんて呟きながらOさんをそのまま見ていたら、視線が合ってしまった。
視線が合うとOさんは、まるでわざと僕に考える暇を与えないかのごとく小走りに愛車の方に向かって来た。
「あぁ、もう!ゆっくりでいいから、ゆっくりで!」
Oさんは助手席のドアを開けて酒臭い息を伴って車の中に入ってきた。
「あ、あの、Oさん実は・・・」
と小さな声で言いながら俯いていた視線を左側に移すと、Oさんは、既にカセットデッキの方を見ていた。
「T君!やっちゃったね。」
と言いながらOさんは子犬を撫でる様にやさしく、へその緒のように結ばれグシャグシャになった黒い磁気テープを2、3回触った。
・・・その様子を見て僕は、自分の早まった行為に猛省し始めた。
「まあ、Wさんと同じで俺もCD-Rに焼いてあるから平気だけどね・・・早く行こうよ熱海に!」
と笑顔で、全く気にしてない素振りを見せて言った。

僕は駐車場を出て再び厚木インター方面に車を向けた。どうやら幾分道路も混みだしてきたみたいだ。
『さっきOさんは気を遣ってくれたのか?本当に気にしてないのか?』
再びOさんの方に視線を移すとOさんは酔っぱらった為か、もう小さないびきを立てていた。
僕はその、ちょっと間抜けな寝顔に微笑みながら視線を前に向ける過程で目に入ってきたもの・・・いつの間にかOさんの左胸のポケットに昆布の様に垂れ下がってる6mm幅の磁気テープ。
そして、うっすらとOさんの右頬に流れる1本の涙の筋・・・だった。

『atami』はまだ多くの謎を残したまま、熱海に僕達を招き入れる。

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