読切り小説 atami story 熱海物語

第八章5

「また喉乾いたな。」
・・・僕は独り言を言った。

真鶴道路から熱海ビーチラインへ進むと間もなくそこは温泉街。
しかし何で国道135号はこんなに混むのだろう。小田原厚木道路を降りてから、多分平均時速は10km/h以下だろう・・・。
「お宮の松まで、あと3km」
「お宮の松まで、あと2km」
「お宮の松まで、あと1km」
さっきから何度も出てくる方向標識「お宮の松」。
『こんなにアピールしてるんだから寄ってみるか。喉も乾いたし・・・。』
僕はパーキングに愛車を止め、そして熟睡しているOさんに気を使いながら、そっとドアを閉めた。
もちろん気を使って冷房は入れたまま!
熟睡しているOさんを横目に僕は車をそっと降りてドアを閉め、駐車場の前に広がるサンビーチと呼ばれる海岸へ足を向けた。先程の渋滞で凝り固まった体を伸ばすと案の定「ポキポキ」と体を開放する心地よい音を立てた。
砂浜への入り口に公衆トイレとジュースの自動販売機が4台並んでいるのが見える。
僕はゆっくりとした足取りで躊躇う事なく一番左の錆びた自販機に向かい、左後ろのジーンズのポ ケットがら財布を出して小銭を探した。
「あれ?100円玉無いな・・・50円玉も・・・10円玉も、無い。」
仕方なく札入れから皺が少なそうな千円札を取り出し、紙幣投入口に入れた。
「上手く入らねぇな・・・これだけ海の近くにある自販機だ。壊れてて当たり前か」
ため息まじりの声は、動作を止めるきっかけにはならなかった・・・なぜなら喉の乾きが先に僕の指を急かしていたから。
しかし自販機はまるで「あっかんべー」をしているかのごとく何度も千円札を戻す。
おまけに、楽し気な男女の声が背中に段々近付いてきてくる事に気付いてしまった。
「ヤッベー急がなきゃ。」
イライラしながら千円札を少し谷折りにして投入してみた。
「よし!やっと受け入れたか!このオンボロ」

「ねぇ、知ってる?私達がさー泊まってるペンションで昔ね、合宿していた大学生が頭が変になっちゃってね、それでね、行方不明になった人がいるらしいんだよー!」
「えー 恐い!それマジ?でもアタシも知ってる!あのペンションの前の持ち主が自殺したとかって先輩が言ってたよー!」
「やめろよ!恐い話聞かせんなよ!今日あのペンションで寝れないじゃん!」
テニスのキャリーを抱えた大学生のちょっと楽し気な噂話しに僕は、お釣の多数の100円玉 を取り出しながら聞き入ってしまった。そして楽し気なこの男女の会話に嫉妬しつつ、度入りのサングラスを少し鼻眼鏡にして冗談半分で言った。
「その話、僕も聞いたことありますよ。本当みたいですよ。」
僕は振り向く事なく、先程と同様ゆっくりした足取りで一直線に愛車に向かった。

車まで戻り、静かに運転席のドアを開けて助手席を見るとそこにはOさんの姿が無い。
そして後部座席にあったOさんの荷物も見当たらない・・・。
「あれ、何処行った?あの酔っぱらいは!」
そう言いながら僕は周り15分程を探ししたが・・・Oさんの姿は何処にも見当たらなかった。
「まぁ、僕も黙ってジュースとか買いにウロウロしてたのだから、きっとOさんも酔いさましに何か飲み物でも買いにいったのかな?子供じゃないし、何かあれば携帯で連絡をつければいいし・・ ・それに宿泊先の場所もお互い知ってるし、まぁ大丈夫でしょ!」

クーラーが効きすぎて無茶苦茶、寒くなった車内の空気を外に逃がす為に助手席と運転席の窓を全開にし夕暮れの海風を車内に迎え、そして心地よい愛車の排気音を直に感じながら再び国道135号に復帰した。
「柄じゃないけど海辺をドライブなんかしてみようかな!」
カーナビのリモコンで周辺検索というコマンドを選択すると近所に「親水公園」という名前の公園を見つけた。
「まぁ何にも無いと思うけど行ってみるか」
小さな川を越えファミリーレストランを横目にしながら車を南へ走らせると、すぐに
「親水公園」
の駐車場入り口を見つけた。ウィンカーを左に出して愛車のフロントを正面 に向けると僕の目の前に海が広がる。
「わぁ、実家の近くの神戸の海岸そっくりやゎ」
そう大きな独り言を言い、駐車場の一番奥にある松の木の前に車を止めた。

車から降り、海風からライターの炎を右手で覆うようにメンソールの煙草に灯をつけリズミカルに打ち寄せる波の音に吸い寄される様に歩き始めた。
幾ら暖かい日と言っても3月の半ば・・・流石に夕方は寒い。
「もう一枚上に羽織ってくれば良かったな」
そう言いながら、椅子になりそうな丁度いい形の木を見つけた僕は、腰を下ろし身を屈めた。

『イテテテ・・・メッチャ、目が染みる!』
突風に僕の煙草の煙は、顔の前でストームを起こし目の中に急激に侵入してきた。
大粒の涙を零しながら度入りのサングラスを外した後、視力を回復させる為に遠くに見える木らしき緑のモノに視点を移した。
「あれ?誰かいるぞ。季節はずれの白い服を着ている?女?」
視力が0.1をも充たない僕の近視と乱視に侵された裸眼では、これぐらいの情報しか脳に伝達されない。
目を凝らして見ようとすればする程、煙に犯された目が染みて涙が止まらない。
白い服に身を包んだ幽霊の話は幼い頃よく聞いたが、夕方だしそんな訳もない。
・・・小柄で少し栗色っぽい色は髪の毛?肩ぐらいの長さ?誰かに似ている・・・。
「まてよ!あの姿、見覚えがあるぞ・・・誰?誰だっけ?」
・・・そう僕の好みな感じ、あのSさんに似た背格好。

頭の中で繰り返し繰り返し思考を巡らせている内に、僕の頭は最悪の答えをこれから引き出す。

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